Company会社概要

我が社のモットーCompany Motto

「最終利益は客にあり」

会社情報Company info

社名 みづほエネテック株式会社
代表者
  • 代表取締役社長 白白音吉日嘠拉バイバイインジリガラ
  • 取締役会長 上田勝久
所在地 〒771-0135
徳島県徳島市川内町平石若松41番地2
TEL 088-666-3311
FAX 088-666-3310
営業時間 8:30~18:00
定休日 土曜日、日曜日、その他
関連会社 みづほ電機株式会社

History of Mizuho Electricみづほ電機株式会社沿革年表・出来事

▼ 前進(高校時代)

  • 1963年7月(昭和38年)
    徳島市寺島本町東3丁目 都電電機有限会社で(当時の東芝県下総代理卸会社)配達員としてアルバイト開始日給250円(日本通運の配達員で日給240円)
  • 1964年4月(昭和39年)
    配達仕事の合間に先輩方に教えられ家電品の修理を覚え、前年の2倍の日給500円に昇給(東京オリンピック開催の年、平均的高卒月給が13,800円の時代)
    その時、社長に「只修理するのではなく、修理代を頂くのだから、お客様に一目置かれる様プロとしての仕事をして下さい」と訓示を受ける。
  • 1965年4月(昭和40年)
    高校卒業後、この会社の正社員になることを条件に更に前年の2倍の月給30,000円に昇給(ちなみに7年先輩の係長の月給が20,000円だった)。それを知った従業員達から不満の声が上がり、従業員の親まで出てストライキが起こるも、社長は平然と「うちは実力主義だから」との一声で終結。
  • 1965年12月12日(昭和40年)
    都電機が火災で消失(店内に置いていた買い置きのガソリンに引火し全焼)。阿賀谷社長がその時の火傷が元で1966年2月5日に死亡。
  • 1966年2月(昭和41年)
    東芝が核となって、会社再建の残留員の7名に選ばれるも、慕っていた社長の死を受け、それを断り、兼ねてより勧誘されていた「某東芝系列店の家電部」にアルバイト先を転職。しかし、勧誘条件で約束された月給34,000円を守らず、1年間は10,000円しか支払われなかったため1ヶ月で退社。

▼ 開業の軌跡

  • 1966年4月1日(昭和41年)
    徳島市佐古六番町7番8号にて家電品修理専門店 みづほ電器商会を創業(資本金4,000円)。千眼知見城北高校校長先生が命名、「得意冷然失意泰然」との書を授かる。
  • 1967年10月(昭和42年)
    日立家電と取引契約を結び、店舗を改装。修理の傍ら家電品販売を開始(日立ファミリー店)。
  • 1972年5月5日(昭和46年)
    お得意様の村田医院の奥さんの世話でお見合いし、翌年2月に結婚。これを機に天正寺の借家で居を構える。
  • 1973年8月(昭和48年)
    石油ショックの中、春に仕入れた電線在庫のおかげで、公共工事の学校ナイター設備を受注。その利益を元に藍住町に42坪の住宅地を購入。
  • 1982年10月(昭和57年)
    借入金を完済し、負債解消。以降、発行手形決済を中止し現金決済に移行。

History of Mizuho Enetechみづほエネテック株式会社沿革

  • 2013年3月(平成25年)
    自然エネルギー活用・省エネ関連事業を目的とするみづほエネテック株式会社を川内町大松8-7にて設立創業開始(資本金500万円)。名西郡石井町高原字平島に県の払い下げで土地(約9,000m²)を購入し、同年7月に太陽光発電設備(504.8kW)完工(総工費3億円)。
  • 2013年8月1日(平成25年)
    太陽光発電電力を四国電力に売電開始。
  • 2014年2月(平成26年)
    川内町平石若松41-2に社屋・展示場(200m²)と倉庫(130m²)の建物着工。
  • 平成28年10月(2016年)
    太陽熱温水器・温風器を中国の海寧市にてOEM生産開始。
  • 2020年3月(令和2年)
    川内町平石若松41-2に265坪の土地を購入。
  • 2020年10月1日(令和2年)
    会社を川内町平石若松41-2に新築移転(この年1月からコロナが世界中に拡大・蔓延する)。
  • 2021年7月1日(令和3年)
    代表取締役社長 上田勝久が取締役会長に退き、白 白音吉日拉(バイ バイインジリガラ)が新取締役社長に就任。